覚醒後の感覚について。
覚醒が起こった後と覚醒前との一番の違いについて。
覚醒前は「今の自分の人生を作ったのは全て自己責任」という思いが
自分に重くのしかかっていた。
何をしていても気分が晴れなかった。つらかった(笑)。
覚醒後、コントロールしている自分はいない、ただ気づいている意識なのだと実感したとき、心の安らぎが生まれた。ただ平安がある。。
目の前には当然、不安や苦しさも現れるけど、”ただの現れ、自分に責任はない。自分もいないし(笑)”と気づけるようになった。
すると、苦しさにもしがみつかないし、ほっとけるようになった。
すると、また楽しい状況も現れたり、また色々あったり変わっていく。
つまりコントロールできないということ。変えようとしたり、つかもうとすることは
無駄だし苦しみを生むだけだから、しがみつかなくなった。
ただあるがままにしておく。。
人生の選択、行動
この世界では、自分が考えて行動していると信じ込んでいる。
しかし、悟りの視点では、すべてが勝手に起こっている。
”自分が行動した”という思考がおこっているだけ。
私も覚醒体験が起こり始めたころ、”せめて1ミリくらいは自分で決めて行動できるだろう!!”と考えていた。
しかし、本当に、何もかもが全自動なのだ。
選択し、行動している自分は存在しない。
自分が人生を選択し、行動していると信じ切った普通の人間にとっては、とても信じられない話だ。
ただ気づいている意識に、自分という人間が現れていて、あたかも考えながら行動し、
人生を選択している、という思考が現れているだけ。1ミリたりとも自分で選択も行動もしていない。
そんなことができる自分は存在しない。
このことを知った人の中にひょっとしたら覚醒が起こるかもしれない。
私もこれを理解することで覚醒が深まった(という現れが起こった)。。
最近は。
最近の状況について。
前回ブログの後、またしばらく元の状態に戻った。つまり無意識の自分の人生にがっつりはまっている状況が続いた。
その時は、「あー、またあの状態になりたい。。」と思っていたものだった。
トニー・パーソンズや悟りを語る人たちの文章やYouTubeを見たりして。
でも、コントロール不可能なものは不可能だ。
日常生活、特に仕事に集中している時は無意識に戻って、がっつり人生劇場にはまっている。。
ゆるんだ瞬間に、これは現われだわ、、と気づくみたいな。。
そんな中、地球ひろしさんのYouTubeに出演している中野真作さんの動画で、
「思考と一体化している時もあるように思う。ただ一体化していることにすっと気づけるようになった。ただ一体化しちゃいけない、一体化していないことがいいんだということではない」と語られていて、その言葉が自分の心にとても響いた。
(最初から42分位)
https://www.youtube.com/watch?v=oE0VvGu2Wfk&t=2770s
どのような状態も勝手に現れて、コントロール不可能。ただ現れるままにまかせるだけなのだ。でも、ふとした時に、一体化に気づく。。
いまこの文章を書いているが、自分が抜けている感覚だ。久しぶりというか、ふっとしたときに気づくより長く自分が抜けた感覚が長い。
今後も現れるがままに、ただまかせるのみ。。。
「意識高い系」を目指していましたが。。
※人生がうまくいっている人はこの記事を読む必要はありません(笑)
私は意識高い系(笑)を目指し、ホリエモンさんや落合陽一さん、ひろゆきさん、中田敦彦さん、、、etcの本、ホリエモンメルマガを購読し、YouTubeをたくさん見て、書評をつぶやき、IT系の勉強を行い、、、色々忙しくしていた。
・・しかし突然の覚醒体験後、人はいないし、行動することも不可能、人生のコントロール不能。すべては勝手に現れている。明け渡すことしかできない!!と直接感じた。
・・いつもつきまとっていた過去の後悔、将来の不安は消えた。超気楽になった!!
すると、意識高い系を目指す気力がゼロになってしまった。自分から進んで何かを
するのがとてもおっくうになってしまったのだ。なぜなら、人間に為すべきことなど
何もないとわかったから。人間の行動は気づきに勝手に現れているだけとわかったから。
自分が意識高い系を目指した理由は、将来の不安や恐怖が動機だった。
そんなものは思考が生み出した幻想だとわかったから。。
ただ自分の日常生活は続いているし、仕事もまじめにこなしているし、何も変化がないように見えるだろう。
しかし、内面はとてつもなく変わった。
だって、人生を作り出している自分がいないことがわかってしまったのだから。
「人生に為すべきことなど何一つない」
(トニー・パーソンズ)
↑まさにこの一言につきる!本当にそうなのだ。
そういう意味で、人生に不安や悩みを抱えている人にとってワンネスの悟り、覚醒体験は人生すべての悩みを超越する最強の体験といえるでしょう。
今までは過去や将来のことばかりに縛られていたが、いまはそのような思考が全く
湧かなくなり、ただ目の前のことだけを見ているだけ?という感覚である。
覚醒が起こった人の中には、意識高い人いるかもしれません。でもそれは勝手に起こっているだけでコントロール不可能。
起こることが起こるだけ。。
非二元で影響を受けた人など
〇自分という現れの中で非二元に出会い、影響をうけたもの
(非二元に出会った最初の頃、きっかけ)
・津留晃一さん
・ダグラス・ハーディング
・溝口あゆかさん
・ルパート・スパイラ
・中野真作さん
・やまがみてるおさん
・アジャシャンティ
(一瞥体験のきっかけ)2018年11月ころ
〇スティーブンノーキスト
〇コージーさん
〇安元敦子さん:本「人生はドラマ、そのまんなかに私」…初めての一瞥体験
・じゅんころさん
・大和田菜穂さん
・トニーパーソンズ
(再び覚醒体験が数回起こる)2019年10月から11月ころ
覚醒体験後に下記の人ばかり見るようになった。
説明されていることすべてが理解できた。
〇トニーパーソンズ
〇大和田菜穂さん
〇リチャード・シルベスター:本「早く死ねたらいいね!」…解放の説明が自分に
起こっている状況と同じ。
11月26日現在、まだ自分が外れたままだ。
何十年も抱えてきた「自分」という重苦しさが抜けて、気楽な状態が続いている。
こんな気分は何十年ぶりだろうか。。
時間は存在しない。
〇ニュースサイト、YouTubeより。
「時間は実在しない。幻想である」物理学者2人が“時間の定義”を完全に覆す理論を提唱!
https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201612_post_11737/
【衝撃】物理学者が証明した「時間の定義」に世界が震えた!
https://www.youtube.com/watch?v=uEZ428Tm2t8
いま、ここにすべてがそもそもあって、時間は存在しない。
今しかない。(過去、未来さえも今に含まれる。)
過去は記憶にしかなく、過去が本当にあったことを証明することは不可能。
化石は何億年前のものと推定するのは思考。
理論上、5分前にすべての宇宙が現れたとしても、過去があると分析することは
可能との事。
記憶が、時間が流れていると感じさせているだけ。常にあるのは今だけ。
↓ここからは別の話も書いてみる。
すべてが気づきの中に含まれていて、二元の世界の人間には二元のものだけが
見えて、多次元の世界では多次元のものが見えている。
だから、いますべてがあるけど、人間には人間の世界しか見えない。
でも本当は、気づきの中にすべてがあって、その中に人間もいるという思考、過去や未来もある、時間が流れている思考も現れているだけ。
本当は誰もいないし、物質は存在しないし、宇宙人も神も、行為者もいないし、眺めている人もいない。呪いも幽霊もない。それらを体験したら、体験が現れただけ。
行動している人もいなければ、運命もない。
宗教は役に立つが、カルマも罰も下されない。運命を変えようとするが、努力する人間も運命も勝手に現象として現れているだけ。
人生に力んでもすべてが幻想。。。
そこでむなしさが起こるとすれば、それさえも人間の自分がいると思っている思考が現れて、むなしいという気持ちが勝手におこっているだけなのだ。。
そう思うと気が楽になりませんか ^^) _旦~~。
今日は戻ってきた(悟り的な)。
悟り的なものを。。
今日のことをつらつらと書いてみる。。
今日は自分に戻ってきた。人間の自分に。。
人間に戻ると、何か窮屈だし、風邪気味だし、重苦しい。
でも、人生の実感がリアルだ。
夜風呂に入ると、また自分が落ちてきた。
自分がはがれると、心が平安?というか落ち着いた安心?がある。
人間である自分の思考は、人生が苦しいくせに、自分が消えることに恐怖を感じている。
だから、去年(2018年)の12月に初めてこの一瞥?体験が起こった時も、
これ以上はもう悟りを求めなくていいと思い、人としての人生を思いっきり
楽しむ方向へ向かおうとしたのだ。非二元から足をあらったのだ。
その後はネットのインフルエンサーに夢中になり、ホリエモンや落合陽一さんなどの
本をすごい勢いで読みふけった。これからは好きなことして人生を自由に生きる
時代だと心から思った。pythonも少し勉強したし、ブロックチェーンやAI、ハッカーについても面白がって本を読み始めていた。
ブログも始めたし、ツイッターも始めた。
なのに、この感覚は向こうからやってきた。
まるで、自分を侵食するかのように。。
自分の気が狂ったか、脳の感覚が変になったのかと思った。
自分の感覚がはがれるのだ。
今の自分は書評を書いたり、買った本を読む気がさっぱりなくなって
しまった。それは今の自分が本を読む意味を失ってしまったからだ。
…非二元の世界には、実は昨年までの約3年間とてもはまっていた。
あらゆる非二元、ワンネスのHPやYouTube、本を見まくった。
それ以前には、中学生くらいからいわゆるスピリチュアル系にずっとはまっていた。
瞑想、超能力、願望実現、あらゆるものに手を出し、実践した。
一時期は株やFXの投資に力を入れた時期もあった。でも1年ほどで止めてしまった。
色々試したが人生の苦しみからは逃れられなかった。
ワンネス(非二元)に出会い、昨年の12月についに初めての一瞥体験的なものを経験した。
地球に生まれた人間としての私、という感覚が脱落し、自分の体は見えているが、本当の自分ではない感覚になった。というか目の前にただ世界が現れているのに気付いているような感覚になった。
つまり、目の前に見えているものは、現実にあるという思考が勝手に湧いてくる
ことによって、物質としてあると感じているだけ。
本当は自分もいないし、物質もないし、誰もいないのだということをただ感じるのだった。ただ目の前に勝手に宇宙が現れているのだ。
そうなると、人間として自分が背負っていたものが全部落ちて、「なーんだ」という
気分が湧き、ただ自分が頑張っているという実感が現れていただけなのだと感じた。そうすると、頑張って何かする気がすっかり落ちてしまった。
ただ人間の自分は仕事にも行くし、食事もするし、風呂にも入るし
習慣的な行動を相変わらずしているんだけどね。
私はまだ開放していないし、自分の人生と覚醒を行ったり来たりしているところだが、
聖人になれる気は1ミリもない!!(悟ると聖人の人格になると思ってた。)
むしろもっと人間臭く、ずぼらに生きる気すらする。
悟りは、修行をつんだとか、悪人だからとか関係なく現れる。ただ意味もなく現れるのだ。普通に生活している人の中に私のような人はそれなりにいるのかもしれない。
現れは人間の思考を超えているから、絶対に人間には理解できないし、
完璧に言葉にすることは不可能だし、今しか常にないし、どう現れるかなんて絶対に
わからない。
そう思うと、やっぱり未来に向けて今がんばるぞ!!という気持ちが完全に失われてしまうんだよな。。
さて、私という現れはどっちへ向かうのだろうか?
私という人生(ストーリー)にもどるのか、私が完全に消えてしまうのか。。
非二元は、人生がつらく苦しい人にとっては救いになるかもしれない。
だって、人生は幻想なんだよ!! 本当に宇宙も物質も存在しないし、誰もいないんだよ!!
だから自分を責める必要もないし、責める自分はいないんだよ!!ただ気づきに宇宙や人生が意味もなく勝手に現れているだけだから!!
人生が楽しくて充実している人は非二元は知らない方が良いかもしれない。
この記事を信じずに今の人生を存分に楽しんでください!!
とりとめもなく書いたので読みづらい文章ですみません。
今日はここまで。